蒼太刀 抱だく (お侍 拍手お礼の三十三)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


それこそが“軍師”としての閃きのなせる技というものか。
どういう思いつきなのかという前振りもなくのいきなり、
いかにも芝居がかった振る舞いを、
わざとらしくも演じることがないとは言えぬが。
常はそうそう剽げた人性ではない男であり、

 ―― 沈思黙考が様になる、静謐にして重厚な存在。

声を上げての豪快闊達に笑ったところを、
そういえばまだ一度も見たことがなかったなと。
寡黙で無愛想な自分のことは棚に上げ、
やはり動かぬ無表情の下で、しみじみ想った久蔵だったりし。

 「………。」

多くの実績があってのよくよく練られて身についた、
裏打ちのある機転の多彩さは、
神憑りな閃きの如く、そりゃあもう鮮烈で自在でもあり。
蓄積もあろうがそれだけではなかろうと、
その周到さに、洒脱ではあってもカビ臭さのないところへと、
関わった者は…それがあしらわれた側でさえ、
よくもそこまで織り込んであったことよと、
軽快痛快な策謀へ感嘆を禁じ得なかったりしたもので。
そんなまで知慧の豊かな彼だから、なのか。
侍としての野放図な猛々しさや闊達さという行動力のすぐ隣りに、
理知的な冷静さや静謐といった、泰然とした威容も常に同居しており。
それらは、だが、既に壮年に至っていたその年輪から得たものではなく、
元から合わせ持っていた資質のようにも思われた。

そんな彼だから、なのか。
刀を研ぐ作業へと没頭するときの横顔には一見の価値があり。
旅先のこととて、いつも宵や夜陰になってからのその作業。
皓々と輝く月の蒼光を取り込まんと、
障子や窓を大きく開け放った板の間などにて始まると、
久蔵もまた付き合いよくも、
その傍らに必ず居合わせることにしている。

 「………。」

柄から目打ちの小釘を抜いて、
厚布でくるんでしっかと握ると刀を引き出し、
鍔も外して刀身のみの姿へと剥く。
清水を汲んだ手桶と砥石とを膝元へと揃え、
両の手で押しいただくように構えた刀身を、指先で支え、
軽く掬った水を垂らした砥石の上へ張るように載せると。
そおと静かに押し出してのすべり出させる。

 ―― しゃっ、しゃりっ、しゃっ、と。

鋼と砥石の擦れ合う、
かすかに引っ掛かりがあればこそ立つ音が、
夜陰の底、小気味のいい調子で静かに響く。
専門の刀研ぎには敵わぬまでも、
侍ならば得物の手入れは自分で出来て当然であり、
久蔵もまた自分で研いでいたのだが、
偶に勘兵衛が手を伸ばして来るのへ任せることもある。
ただ、その逆は決してなかった。
久蔵の研ぎようを信用していないのではなく、ただ、
刀と向かい合う、冴えて真摯な一刻が、
壮年には殊の外 気に入りなのだろうと思われる。
そして、
その間のずっと、間近にいながらも放っておかれることを、
だが、久蔵の側でも不満とは思わず。
こちらもまた、連れ合いの静かで単調な作業の手元を、
飽かず眺めていることが多かったりする。

 「退屈ではないか?」
 「…。(否)」

きちんと背条を延ばして傍らに正座したまま、
青ざめた月光を浴び、少しほど褪めた色合いに染まった金の綿毛を、
細い肩の上、ゆるゆると揺さぶって。
かぶりを振ることで否やと示して見せる久蔵であり。
顔も上げず、板の間へ落ちた陰にてその所作を見やった相手へ、
彼の側からも問うたのが、

 「気が散るか?」
 「いや。」

今度は勘兵衛の方が、かすかに笑んでのかぶりを振った。
そんな彼の視線は、刃の上から刹那ほどの間も逸らされず。
月光の蒼に塗られ、いやに色濃い陰影の落ちた横顔は、
集中することで表情を無くしてもどこか精悍で。

 「…。」

細かく削られたそれだろう砥石の粉を含んだ水を、
中程にだけ淡くまといし鋼の刀身が、
濡れたままにて妖しく光る。
そもそもの切れ味の鋭を、巧みに生かしての力強く。
その太刀をふるう勘兵衛を知っている。
愛用の得物として知り尽くした業物。
といっても、もしも乱戦の最中に折れたり失ったとしたならば、
それもまた定めだろうと諦める彼であろうことが伺える。
大切ではあるが、固執はない。
何にでもそういうところのある彼であり、
ただ、

 『わざわざ露骨に口説いて落とした相手ぞ。』

そう簡単に手放す気なぞない…と。
この若侍にだけは、
そんな戯れ言を偶に囁いたりもするのではあるけれど。

 「………。」

清水にすすがれて現れたは、それは明瞭鮮明な逆丁字乱れ刃。
深い藍の地金から地刃の白がにじみ出すよに現れている景色は正に、
夜陰の漆黒を深々と呑んで染まった湖が、
天穹を渡る煌月の輝きの蒼白におもてを染めての、
しんと佇んでいるかの如くであり。
そんな趣きを呑んでの示す切れ味と裏腹、
刀身の反りと重心の座りに微妙な癖があるとかで。
使いこなせれば威力は凄絶なれど、そこまでもっていくのが大変な、
正に じゃじゃ馬な逸品だとか。
癖があるのもまた結構な業物である証左だが、
持ち主はその銘さえ忘れたと言っていてのやはり素っ気ない。
だっていうのに、そんな刀とただ黙々と向き合う勘兵衛へ、

 「…。」

あの、六花へさえ悋気を起こすこともある久蔵が、
不思議と腹が立たないらしく。
凛然と静かなばかりの横顔を、
こちらもまた、いつまでも飽かず眺めているばかり。
さして鈍ってもいなかったため、早く済んだ作業の手を、
そのまま止めるには物足りなかったか。
刀身を元通りに柄へと収めての様子を眺め、
それから…顔を上げれば、
何をどうと言わずとも、常の呼吸となっていること。
久蔵が自分の膝元のすぐ傍らに外しておいていた、
自身の双刀を鞘の半ばを掴んで手にし、
何の衒いもないまま差し出して来る。

 「…。」

白くてしなやかな手から、ごつりと大きな、武骨な手へ渡った長鞘から、
やはり手際よく抜き出された一対の双刀は、
不思議と、勘兵衛の雄々しくも頼もしい手にもよく映えた。
大道芸の曲技もかくやという鮮やかな旋回や、
順手・逆手に持ち替えての妙技による、
縦横無尽にして変幻自在な太刀筋は、
決して、奇異な撹乱に支えられての歪
(いびつ)なそれではなくて。
宙を切り裂く銀線の、凄絶にして容赦のない畳み掛けは、
剣技に長く馴染んでいるからこそ繰り出せる、
これも蓄積のなせるもの。
ただし、脳裏に描いた太刀筋の図をそのまま、
鮮やか華麗な実動作へ瞬時に体現できる運動反射は、
彼ならではな、天性生来のものであろうけれど。
そして、

 「…。」

自分の刀を研ぎ始める勘兵衛へは、
どういう訳だか視線を据えてはおられぬ久蔵で。
飽きるのか焦れるのか、理由は当人にも判らないらしいまま、
のそり、立ち上がると、
部屋の隅、窓辺へ寄ったり壁に凭れたり。
紅の衣紋の裾 大胆にも踏みはだけ、
深い切れ込みからちらり、形のいい膝頭を覗かせての。
あくまでも無造作に、片膝立ててうずくまる。
まさかとは思うが、自分の刀への悋気が立つのか、
それとも…自身の投影たる刃が、
愛おしい壮年殿の骨張った手で、
抗いもできずいいように蹂躙されているように思えてたまらぬものか。
とはいえ、

 「…久蔵?」

寸刻経って、手入れを終えての声をかけても、
じりとも動かぬその時は。
そのまま屈託なく寝入っている彼であったりし。
やれやれとの苦笑混じりに身を起こしての立ってゆき、
すぐの傍らから見下ろせば。
その痩躯を小さく丸めての、
いつの間にその手へ取ったのか、
勘兵衛の刀を懐ろへと抱き込んでのうたた寝中。

 『身代わりに持っておるか?』

そういえば、いつぞやそんな言いようをしたことがあった。
策の内とはいえ、一時的に奪われていた彼の刀。
それへの代用に…ではなく、
傍らへ居てやれぬ段取りへの案じから、つい。
そんな言い方をしてしまい、その愛刀を差し出しかけた勘兵衛へ。
馬鹿を申すなと一蹴しはしたが、
目許の表情が一瞬揺らいだ彼でもあって。

 “あれを覚えておってのことだろか。”

もはや勘兵衛の一部だと、
そう思えるから彼からの愛着にも妬かない。
結構じゃじゃ馬で物騒な拵えの、しかも他人の得物だというのに、
こうして抱いて眠ることも出来るということか。

 「…。」

その白い頬を、
いかにも武骨な黒革の鞘へと押し当てて。
安堵の表情もありありと、
大切なものだと言わんばかり、懐ろの深みへ抱き込んで眠る姿へ、

 “…どういうものかの。”

稚さへと微笑んでいた表情が、次第に薄れて。
そうまでの執着をおかれている我が刀が、
妙に歯痒い存在に見え出したことをこそ、
蓬髪震わせての苦笑に任せて、
一蹴したくなった勘兵衛だったりするのである。


  ほんに、人の心の綾というものは。
  どんな刀でもどんな侍でも、
  そうそう安易に一刀両断出来る…とはいかぬ。
  複雑にして奥深く、なのに狭量なものであるらしい。





  〜Fine〜 07.10.08.


  *アニメの中、勘兵衛様が刀を研ぐシーンが2回ほど出て来ますよね。
   あの神聖で侵し難い静謐な雰囲気が好きで好きでvv
   それと、勘兵衛様の刀を彼だと思って、
   懐ろへと抱いてる久蔵というのも一度は書いてみたかったので。
   欲張ったらこんな出来となりました。

  (でも、最終話のキララさんにはやっぱり“???”ですけれどもね。
   お腹や太腿、ああまで出してて寒くないのかなあ?)
(苦笑)

  *そして、畏れ多くも『恋せよ侍』いかっち様のところに、
   萌えな作品を描いてもらっております。
   これをまんまというのではないのですが、
   それはそれはムーディな作品です。
   『刀とおさまとキュウゾウ』というタイトルです。
   どか、ご堪能をvv


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv

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